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世界の名蝶シリーズ No.4 アオヒオドシ / Mexican Tortoiseshell (Nymphalis cyanomelas) [世界の蝶 / Butterflies World]

Vanessa cyanomelas.jpg
▲ 原記載の図(Doubleday, [1848]; Gen. diurn. Lep. (1): 201 (Lep.), (1): pl. 26, f. 5)

世界の名蝶シリーズ その4 中米の幻、アオヒオドシ
(Nymphalis cyanomelas)


 ブログ編集子の身辺多忙により、8月の更新がすっかり滞ってしまった。当ブログの愛読者にはお詫び申し上げたい。これまでのような頻度での更新は難しくなるかもしれないが、毎日100人を超える読者に来ていただいているので、何とか続けていきたいと思う。

 さて、創立時からの当会会員で編集委員長も務めた手代木求氏が私的に発行されている「せるば」というミニコミ紙がある。すでに号数は360号を数えるほどに長く続いているが、最近の号に本記事で紹介するアオヒオドシについての記事があった。アオヒオドシについては、かつて本会会誌No.3 (1992)で森下和彦氏も紹介されていた。そこで、今回は本種について改めて紹介したい。

 日本にも分布し、我々にも馴染みの深いヒオドシチョウやキベリタテハ、エルタテハを含むヒオドシチョウ属(Nymphalis)は世界的に見ると6種ほどの小さな属であるが、その分布域はユーラシア大陸と北アメリカ大陸をほぼカバーする広大な分布域を持っている。ちょうど今の時期、北海道から中部地方の山岳地帯で見られるキベリタテハを例にとってみよう。分布域は森下氏の論文に掲載された図を以下に再掲するが、一目瞭然の広大な版図である。

distribution map of Nympahlis spp..jpg
▲ヒオドシチョウ属3種の分布図(実線:キベリタテハ、青い網掛け:エルタテハ、点線&赤い丸:アオヒオドシ)

 日本の感覚ではキベリタテハは山岳のチョウであるが、ヨーロッパやアメリカでは市街地の林でもよく見られる身近なチョウで、しかも北米ではコロラド州の低地やカリフォルニアの海岸線では年に2化、バージニア州ではおそらく年3化もするという。(Scott, 1986) このような広域分布を可能にしている理由として、森下氏は「酷寒と乾燥には非常に強いが高温と多湿の組み合わせを忌み嫌う蝶群」と喝破しているが、卓見であると思う。

 さて、この僅か6種ほどのヒオドシチョウ属の中に、世界的な珍種が含まれていることを知る人は多くない。それが今回の主役、アオヒオドシ(Nymphalis cyanomelas)である。アオヒオドシの分布域は上掲の地図の赤い丸で囲った場所、メキシコ南部からエルサルバドルにかけての狭い地域に限られる。その分布の様は、あたかも広域分布種のキベリタテハの祖先種が特異な地域・気候に特化して種分化し、僅かに生き残ったような感じを抱かせる。

 このアオヒオドシ、記載されたのは1848年と古いのだが、その後得られた数は僅かで、未だに日本に標本があるのかどうかも分からない。そういうわけで残念ながらちゃんと標本を図示できないので、アメリカのサイトへリンクを貼るので、こちらで見て欲しい。この膨大な情報量を誇るサイトでも、本種についての記述はほとんど無く、いかに情報が乏しいかよく分かる。1970年代から80年代にかけて、メキシコ・チアパス州やエルサルバドルで新たに得られたようであるが、最近の記録は見当たらなかった。
 翅全体が青光りするという、この謎のヒオドシチョウを追い求めて中米に行ってみたいものである。

(参考文献)
手代木求, 2013. アオヒオドシに迫る. せるば. 360: 1445-1446
森下和彦, 1992. 世界のヒオドシチョウ属. Butterflies 3: 36-45


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世界の名蝶シリーズ No.3 マルバネカワセミシジミ / Banded Cycadian (Theorema sapho) [世界の蝶 / Butterflies World]

s-T sapho UP.jpg
▲ ♂ 表面 (エクアドル産、大木隆コレクション)

s-T sapho UN.jpg
▲ 同裏面 / Ditto, UN

世界の名蝶シリーズ その3 マルバネカワセミシジミ
(Theorema sapho)


 まったく想像もつかず、これまでに見たこともない蝶に出会うのは楽しいものだ。ブログ編集子は日本の他には東南アジア、北米を主に専攻してきたため、特異な蝶の宝庫である中南米、アフリカのファウナには疎い。
 そんな中、某日、日本人研究者としては恐らく最も中南米での調査経験が豊富な当会会員の大木隆氏のコレクションを拝見する機会を得た。大木氏のよく整理されたコレクションを眺めていて、思わず目に留まったのが本種。モンシロチョウくらいもある大型のシジミチョウ。表も裏もギラギラ光る青色光沢が実に豪奢な装いである。
 ブログ編集子はマルバネカワセミシジミと名付けたが、もう少し良い名前があるかもしれない。本種はパナマからエクアドルにかけて知られる稀種のようで、♀は前翅に白い帯を持つ。この♀の外見から何とドクチョウに擬態しているのではないかという説もあるようだ。稀種なので生態に関する知見は少ないが、原生状態の森林に限って棲息し、高い樹上に留まっていることが多く、地上に降りることが少ないという。ところが、モルフォチョウのトラップとして使われる青い光沢紙には誘引されて地上近くにもやってくるそうな。それにしても、とんでもないシジミチョウである。
 誰か元気な若者に本種の幼虫を探してもらいたいものである。(エクアドル産、大木隆・所蔵)
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熱帯の島に舞うゼフィルス [世界の蝶 / Butterflies World]

 熱帯の島に舞うゼフィルス

 日本でもゼフィルスのシーズンに入ってきたが、きょうは海外のゼフィルスの話題を紹介したい。

 フィリピンの西側に浮かぶ、細長い形をした島がパラワン島である。島の中央部には険しい山岳地帯があり、自然林が良く残された島として知られている。

Ph_locator_map_palawan.png
▲パラワン島位置図(Wikipediaより)

 この島の山岳地帯には、われわれ日本人愛好家にも馴染みの深いゼフィルスが1種類棲息している。パラワンミドリシジミ(Palawanozephyrus reginae)である。30年ほど前にドイツ人の研究者によって発見・記載された種で、一時はある程度の数が得られたものの、ここ10年ほどは現地での採集規制が厳しくなったことなどから、見る機会が少なくなっていた。
 去年からことしにかけて、新たに得られた標本を見る機会があったので、貴重な採集地の風景写真とともに紹介したい。
 パラワンミドリシジミが得られるのは、島の山岳地帯のピークや稜線などでの吹き上げに限られるようだ。この場所は南西部にあるMt.Gantungという1700mほどのピークで、雲霧林の中を急登する厳しい行程ののちに辿り着く。

Mt. Gantung climbing.jpg
▲ピークまでの険しい道のり(1993年撮影)
Mt. Gantung summit.jpg
▲ピークの木の上に登って吹き上げで飛んでくるパラワンミドリシジミを待つ(1993年撮影)

ピークでは木の上に登って吹き上げで飛んでくる蝶を得るらしいが、遠くには海も見える絶景の場所のようである。天気に恵まれたら、いろいろなチョウが採れそうな場所で見ているだけでワクワクしてくる。悪天候なら真っ先に落雷で感電死しそうな場所でもあるが…。

P. reginae male .jpg
▲パラワンミドリシジミ♂

P. reginae female.jpg
▲パラワンミドリシジミ♀

 パラワンミドリシジミが得られるのは12月から5月にかけてのようで、年1化のゼフィルスとしては俄には信じ難い長期間に及ぶ発生期である。熱帯では温帯のような季節の論理が通用しないので、食樹の芽吹きに合わせて柔軟に発生しているのかもしれないが、それにしても情報が乏しすぎる。マレーシア半島とジャワ、スマトラから知られるネッタイミドリシジミ(Austrozephyrus absolon)、ボルネオから知られるボルネオミドリシジミ(Borneozephyrus borneanus)それに本種の3種類は、いずれも熱帯の島に舞う大変特異なゼフィルスである。幼生期は未知で、生活史の解明が切に望まれる。ジャングルに分け入る有望な若者たちの活躍に期待を託したい。

 最後になるが、貴重な現地の写真を御提供いただいた木曜社の西山保典氏に厚く御礼申し上げる。
  
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森に棲む翡翠、イワカワシジミ / The Green Flash~A Jade flying in the deep forest [世界の蝶 / Butterflies World]

 森に棲む翡翠、イワカワシジミ

 一昨年開設した本ブログ、アクセスして下さる皆さんに支えられ、どうにかこうにか三日坊主に終わらずにきょうまで何とか続いてきた。ついに今回で記念すべき100回目の記事となる。
 そこで今回はブログ編集子の好きなチョウを、驚愕の秘蔵標本とともに紹介してみよう。

 紹介したいのは、日本でも南西諸島に見られるイワカワシジミ(Artipe eryx)である。イワカワシジミは特異な裏面の緑色で、他に見間違う種はまったくいない。その高貴な姿はまさに「森に棲む翡翠」とでも形容したくなる気品にあふれている。羽化したての成虫の裏面を写した画像を以下に掲載しよう。

eryx adult.jpg
▲羽化したての♂(2006年6月 沖縄島南部にて撮影)

 本種はクチナシを食樹とするが、面白いことに通常のチョウの幼虫のように葉を食べるわけではなく、主に実の中に食い入って、その中身を食べる。実が無い時期には蕾と花を食べて成長する。このように実を食べるチョウは他にも近縁種でいくつか知られているが、興味深い生態である。

eryx nest.jpg
▲終齢幼虫が食い入ったクチナシの実。特徴的な丸い穴が開く(2006年5月 沖縄島南部にて撮影)
eryx pupa.jpg
▲実の中で蛹となる。開けてみたところ(2006年6月 沖縄島南部にて撮影)
eryx larva.jpg
▲実の無い時期には花を食べる。幼虫を飼育している容器の中はクチナシの佳い香りがする

 このイワカワシジミが属するArtipeというのは小さな属で、本種eryxの他には、わずか数種が東南アジアからニューギニアにかけて知られるのみである。本種こそ日本では割に見られるが、東南アジアで見つけるのは至難の業である。東南アジアのシジミチョウ研究で活躍した当会元理事、故・長田志朗氏はラオスでイワカワシジミの幼生期を解明し、本会会誌No.17で報告しているが、大陸のイワカワシジミは日本のものに比べて2回りは大きく、♀の尾状突起も遥かに長く優美で、俄に同種とは信じがたいものがある。さすがにこの大きさだと日本のようにクチナシの実に食い入るわけにはいかず、長田氏が発見したのはアカネ科のRandia dumetorumという植物の実であったそうだ。

Laos eryx (Butterflies No.17).jpg
▲ラオス産イワカワシジミの幼生期(長田(1997), Butterflies No.17より)

 しかしまだまだ世界は広い。ニューギニアと周辺属島には、恐るべきイワカワシジミが棲息しているのだ。御託を並べるより前に、まず以下の画像を見ていただきたい。

Artipe female UP.jpg
▲右:ドヘルティーイワカワシジミ♀表面(インドネシア・ヤーペン島産:柳下昭コレクション)と左:イワカワシジミ♀表面(沖縄・石垣島産)
Artipe female UN.jpg
▲同裏面

 どうだろう。まさにお化けとしか形容しようのない、巨魁イワカワシジミである。日本のイワカワシジミだってシジミチョウにしては大柄な方であるが、このイワカワシジミと比べるとまるで大人と子供みたいである。この巨大な種はドヘルティーイワカワシジミ(Artipe dohertyi ssp.)と暫定的に同定されているが、インドネシア・ヤーペン島ではこれまで未記録であるばかりか、斑紋もニューギニア本島産と大きく異なり、果たしてこの種かどうか定かではない。何よりこの大型種はニューギニア本島でもこれまでに僅かな個体が得られているのみの大珍品で、大英博物館やオーストラリアの博物館の僅かな資料を集めて比較することすら容易ではない。とはいえ現在、この標本の所有者で、世界的に著名なカザリシロチョウ研究家の柳下昭氏(本会会員)は海外の研究者とともにDNAも含めた研究を進めているという。結果を楽しみに待ちたい。
 それにしても、この巨大なイワカワシジミの幼虫が食い入る「実」とは、いったいどんなに大きいのだろうか。リンゴくらいの大きさがなければ、到底こんな巨体を育てることはできないように思う。ヤーペン島、ぜひ行ってみたいものだ。最後にヤーペン島の位置図を掲載して本稿を終えたい。

Schouten_Islands_(IN)_Topography.png
▲ヤーペン島位置図(Wikipediaより)

アクセス殺到! 愛読記念に追加で秘蔵画像を公開!!

Artipe spp. male.jpg
▲右:ドヘルティーイワカワシジミ♂表面(インドネシア・ヤーペン島産:柳下昭コレクション)と左:イワカワシジミ♂表面(沖縄・石垣島産)

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金属光沢の迷宮~ムラサキシジミ属(その3) / Metallic-colored Labyrinth ~ Genus Arhopala and its allies (Part 3) [世界の蝶 / Butterflies World]

 金属光沢の迷宮にようこそ。3回目の今回はちょっと趣向を変えて、ある古びた1つの標本を見つめてみたい。

s-Arhopala.jpg
Arhopala acron acron (Halmahera) [進化生物学研究所所蔵]

 掲載したのはアクロンムラサキシジミ(Arhopala acron acron)の♂で、D'Abrera (1990)"Butterflies of Australian Region"によれば、このタイプ名義亜種はインドネシアのバチャン島とハルマヘラ島から知られているようだ。この古びた1頭のシジミチョウは、現在、当会が事務局を置いている進化生物学研究所に所蔵されている。
 触角も頭部も失われ、すっかり展翅も狂ってしまっているこの標本には以下のラベルが付されている。

s-R0025289.jpg
▲上記の標本のラベル

 粗末なノートの切れ端に、ペンで書かれた文字は「No.454」と採集年月日の「S.21.2.24」はどうにか判読できるが、漢字の部分は「T地区」という場所を表わすのか、あるいは「下地己」という人名を意味するのかは分からない。

 今ではその名前を聞いても、すぐに場所がピンと来る人は多くないだろう。ハルマヘラ島はインドネシアのセレベス(スラウェシ)島の東にある島だ。

Halmahera.png
▲ハルマヘラ島位置図(Wikipediaより) 

 この島には太平洋戦争中、日本軍が駐屯して飛行場を建設するなど作戦上の要衝だった。隣のモロタイ島では連合軍との間で激しい戦闘が行われたが、ハルマヘラ島ではそのような戦闘は無かったという。昭和20年8月の終戦後も多くの日本兵が残り、自給自足しながら祖国に帰れる日を待ちわびていた。復員船がハルマヘラ島に入ったのは昭和21年5月のことだった。
 この標本はそんな日本兵の一人が採集して、持ち帰ったものに違いない。マラリアで仲間がどんどん死んでいったという過酷な自給自足の生活の中でも、ジャングルを舞う金属光沢の宝石に目を奪われた日本人が確かにいた。名前もわからぬこのチョウを、その人は大切に祖国・日本まで届けてくれた。そのお蔭で、平和な時代に生まれた私たちは自由にこのチョウを調べることができるのだ。
 世界が平和でなければ蝶の研究などできない。1匹の古びた標本は、その事実を改めて教えてくれる。
 
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 (つづく) 
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金属光沢の迷宮~ムラサキシジミ属(その2) / Metallic-colored Labyrinth ~ Genus Arhopala and its allies (Part 2) [世界の蝶 / Butterflies World]

 前回の記事に続き、200種類を擁するシジミチョウ科の大所帯ムラサキシジミ属(Genus Arhopala)について紹介したい。絢爛豪華な金属光沢の迷宮に迷い込んでいただければ幸いである。今回は東南アジア大陸部と島嶼部から、それぞれ珍稀種として知られる種をひとつずつ紹介する。

 まず大陸からはコミカムラサキシジミ(Arhopala comica)を紹介したい。本種は東洋産蝶類研究で不滅の業績を残した巨人、de Nicévilleによって、ミャンマー北部カチン州の南端に位置するバモー(Bhamo)近郊のLwe Longという場所(標高5,000ft.=1,500m)で1898年3月12日に得られた1頭をもとに2年後の1900年に記載された。その種小名の由来は以下の原記載の記述に譲りたい。

"This very comical-looking species may be an aberration or "sport," but I am at a loss to conjecture of what species it can be an aberration, more especially as the shape of the tail with its broad base is very aberrant."
(de Nicéville, 1890. Journal of B.M.H.S. 13(1): 170-171)


 この実に珍妙な外見をした蝶は異常型か「突然変異」である可能性もあるが、それではどの種の異常型なのかと推測しようとしても途方に暮れてしまうばかりなのだ。とりわけ基部が太くなる形状を呈した尾状突起は(この仲間としては)実に常軌を逸している。
(de Nicéville, 1890. Journal of B.M.H.S. 13(1): 170-171)


 巨匠de Nicévilleが1頭の奇妙なムラサキシジミを前に苦悩した様子が伺える記述である。現在までにタイプ産地のミャンマーほかインド東北部、タイ、ラオス、ベトナムで得られているようであるが、その数は少ないようで大陸産のムラサキシジミ属の中の珍稀種のひとつといって良い。恐らく割と標高の高い山地の照葉樹林に限って棲息するのだろう。

原記載図と近年ラオスで得られた標本写真を図示しておく。

Arhopala comica Original description.jpg
▲コミカムラサキシジミ(Arhopala comica)の原記載図
Arhopala comica.jpg
▲コミカムラサキシジミ(Arhopala comica)♂ ラオス北部産(所蔵:北九州市立自然史博物館)

 続いて島嶼部からはフィリピン特産の不思議な斑紋をしたムラサキツバメ、ティドンガニムラサキツバメ(Arhopala tindongani)を紹介したい。本種は1990年にフィリピン在住の蝶類研究家として名高いJustin Nuyda氏と、東南アジアのシジミチョウ研究で世界的に知られ、本会編集委員でもある高波雄介氏が共著で記載した。ルソン島北部で得られた個体をもとに記載されたが、ネグロス島からも得られているようである。本種で何より驚くのはその異常な金属光沢斑紋の出方で、♂ではあたかもモザイク状に金緑色斑を呈する。このような奇怪な斑紋の出方をする種は見当たらず、同定は容易である。本種も記載後、まとまって採集されたという話も聞かずかなりの珍稀種のようである。本種については記載者のひとり高波氏の作成したフィリピンのシジミチョウのWEB図鑑にホロタイプの♂の写真と♀の写真も図示されているので次のリンクからご覧いただきたい。

高波・関 フィリピン産シジミチョウのWEB図鑑はこちら (ArhopalaのプレートDに本種が図示されている)

Arhopala tindongani.jpg
▲ティドンガニムラサキツバメ(Arhopala tindongani) ♂ フィリピン・ネグロス島産(所蔵:北九州市立自然史博物館)

 (つづく) 
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金属光沢の迷宮~ムラサキシジミ属(その1) / Metallic-colored Labyrinth ~ Genus Arhopala and its allies (Part 1) [世界の蝶 / Butterflies World]

 前の記事でムラサキシジミ(Narathura japonica)の動画を紹介した。そこで今回から数回にわたり(連続ではなく、飛び飛びになると思うが)東南アジアを中心に繁栄しているムラサキシジミ属(Genus Arhopala)について紹介したい。ムラサキシジミ属はじつに200種を擁するシジミチョウ科きっての大所帯で、西はインド・ネパールから東はモルッカ・ニューギニアまで主として低地熱帯林に数多くの種類が生息している。

 属の研究については、Bethune-Baker (1903)やCorbet (1941, 1946)が進め、Evans (1957)でその全体像がまとめられた。その後、Eliot(1963, 1978)が追加、修正を行って現在に至っている。分類のキーとして重要な♂交尾器に差異が見いだせないケースも多く、まだまだ研究は途上といってよい。

 青、紫、緑の金属光沢が特徴的な森のシジミチョウで、その多様性ゆえにシジミチョウながら愛好家の人気は高い。しかしひとたび分類の泥沼に足を踏み入れてしまうと、その複雑さ、難解さに頭を悩ませることになる。本稿の表題はそんなムラサキシジミ属の世界を形容してみたものである。

 200種を擁する本属の中でも最大級の大きさを誇るのがヘラクレスムラサキツバメ(Arhopala hercules)である。本種はニューギニア島西部、ハルマヘラ島、スラウェシ島などに分布が知られる。D'Abrera (1971)によれば、本種の幼生期はすでに解明されていて食樹はサガリバナ属(Barringtonia)の一種だという。大きさもさることながら、本種は裏面の特異な斑紋で目を引く。最近ではParsons(1999)などはかつて本種の亜種として記載されたleo(ワイゲオ島、西イリアン)やheraculina(ハルマヘラ島、ワイゲオ島)をそれぞれ独立種として扱っている。♀は翅表に一切青紫色鱗を持たず、茶褐色の地味な装いである。

A. hercules.jpg
▲ヘラクレスムラサキツバメ(西イリアン産)♂ 左:翅表、右:翅裏 [所蔵:進化生物学研究所]

 続いて紹介するのは♂が金緑色に輝くヘレノールミドリムラサキツバメ(Arhopala hellenore)である。ムラサキシジミ属はほとんどの種が翅表に青色、紫色を呈するのが基調であり、緑色の種は少数派である。たとえば関、高波、大塚の大著「ボルネオの蝶 Vol.2, No.1 シジミチョウ科編」(1991)をひもといてみても、じつに93種が図示されているArhopala(近縁属のFlosを含む)の中で、緑色と言える種は、青と緑を双方兼ね備えた美麗種Arhopala caecaを含めてもわずか8種しかない。ちなみに緑色を呈するのは♂のみで、♀が緑色となる種はいないようである。ヘレノールミドリムラサキツバメはこうした少数派の緑色の一種で、アッサムからインドシナ、マレー半島、ボルネオを経て海南島まで割に広く分布する。大陸ではそれほど稀な種ではないようである。温帯林の宝石ゼフィルスに見慣れた日本の愛好家にとっては、熱帯の常緑林の中で思いがけず出会うこの緑色は、慣れ親しんだゼフィルスを思い出させて一種懐かしさを感じるものである。

A. hellenore.jpg
▲ヘレノールミドリムラサキツバメ(タイ東部産)♂ 左:翅表、右:翅裏 [所蔵:進化生物学研究所]

(つづく) 
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フィリピン・パナイ島に「ロメオ」を追う / Searching for "Romeo" in Panay, Philippines [世界の蝶 / Butterflies World]

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▲ロメオビロードタテハ♂(フィリピン・パナイ島産、元:北村實コレクション 現:進化生物学研究所所蔵)

フィリピン・パナイ島に「ロメオ」を追う~故・北村實氏の足跡
 フィリピンの蝶類研究に大きな足跡を残した元会員、故・北村實氏のコレクションについて前回の記事で紹介した。そこで今回は北村氏を偲んで、氏の代表的な業績のひとつであるロメオビロードタテハ(Terinos romeo)の再発見について紹介したい。

 ビロードタテハ属(Terinos)はヒョウモンチョウ亜科に属する中型のタテハチョウのグループで、インドシナ半島からニューギニアにかけて8種が知られている。主に低地の森林に棲む。♂の表面にはその名の通りビロード状の性標を有する一方で、青色や紫色の幻光を持つ美麗種である。
 フィリピン・パナイ島から、このビロードタテハの驚くべき新種が記載されたのは、1984年のことである。記載したのはフィリピンの蝶類研究で世界的に知られるドイツのSchröder と Treadawayの両氏。同属の他種とは後翅の形が異なるほかに、特に後翅表面の外縁から亜外縁にかけて白化するという顕著な特徴を有していた。この年に得られた僅か1♂によって記載されたこの種はロメオビロードタテハ(Terinos romeo)と命名された。

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▲フィリピン・パナイ島の位置(赤丸の島)

 故・北村實氏がパナイ島を訪れたのは1991年8月のことだった。そもそも採集調査が目的ではなく、フィリピン人の妻の親族の子供の洗礼式に参加するためだったという。洗礼式の日程がじつは1週間後だったと現地に着いてから知らされた北村氏は、ついでに蝶の調査を行うために山に入った。フィリピンの山では反政府ゲリラのNPA(新人民軍)が活動していて、迂闊に山に入ると危険が多い。北村氏は現地の人から情報を収集した結果、Castilloという場所に入ることにした。

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▲ロメオビロードタテハが再発見されたパナイ島北部の地図(北村實氏本人の自筆)

貧弱な森しか残っておらず、どこにでもいるような普通種の多いこの場所で、北村氏は木の花に来ている1頭のタテハチョウを得た。これがじつに世界で2頭目のロメオビロードタテハの♂だったのだ。
 この時の様子を北村氏はこう書き残している。

 妻のいとこRomeoの息子の洗礼式に出席しようと、という気になったときから、いくつかのチグハグな出来事、そしてPhilippineならではのいい加減さ、にふり回され、あげくの果てに、とても蝶採集などには入ってゆかないような、貧弱な植物相しかみられない里山にしょうがなくやってきて、初回にロメオビロードタテハを採ったのだから、『なんと好運なこと』とつくづく思った。Kalibo空港でRomeoに会ったときから、なにか見えない糸がすでに用意され、それにたぐりよせられてロメオビロードに出会うことになった、とさえ思えるのだった。
(北村實, 1993. RomeoとJulietをたずねて. TSUISO 744)


 北村氏はその後も現地の調査を継続し、この年の11月には世界初となる♀も発見した。本種の幼生期の生態解明に向けても努力されたようであるが、結局解明には至らなかったようである。

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▲ロメオビロードタテハ♀(フィリピン・パナイ島産、元:北村實コレクション 現:進化生物学研究所所蔵)

 今回、進化研に寄贈された北村コレクションの中にはこの時の一連の調査で採集されたロメオビロードタテハが含まれていた。その眩いばかりの紫の幻光を目にした時には、しばらく言葉が出なかった。

 詳細を知りたい方は、北村氏が発表した以下の文献を参照されたい。

(参考文献)北村實, 1993. RomeoとJulietをたずねて. TSUISO 744:1-11.

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故・北村實コレクションの一部が進化研に寄贈 / RIEB welcomed a part of butterfly collection made by the late Mr. Kitamura Minoru [世界の蝶 / Butterflies World]

Kitamura collection-1.jpg
▲故・北村實氏のコレクションの一部。フィリピン特産のタテハチョウが含まれている

故・北村實コレクションの一部が進化研に寄贈

 フィリピンに在住し、現地で各種の蝶の幼生期解明に偉大な業績を残した元会員、故・北村實氏(1937-2003)のコレクションの一部は北村氏の没後、氏と親交が深かった木曜社、西山保典氏が長らく保管されていた。木曜社の引っ越しを前にこのコレクションが当会事務局がある進化生物学研究所に寄贈されることになった。ドイツ箱で7箱ほどのコレクションにはタテハチョウ科やセセリチョウ科が含まれている。
 今後、整理した上で研究に役立てられるということである。

 故・北村實氏の偉大な業績については、今後このブログでも折々紹介してゆきたいと考えている。フィリピンでじつに200種もの蝶の幼生期を解明し、その成果は五十嵐邁・福田晴夫両氏による『アジア産蝶類生活史図鑑』(東海大学出版会)に生かされている。 

 真摯に蝶と向き合った北村氏を悼む、盟友・西山保典氏の文章を以下に引用しておきたい。


 見知らぬセセリチョウの幼虫がいた。何になるかはわからないが、未知のものであることはわかる。いくつかの候補があって、それが何になるかによって種の秘密にかかわれるかもしれなかった。仕事が終わったあと、夜遅くまで写真を撮ったり、スケッチをしたり、あるいは食草をとりかえたりして時を忘れていた。
 それは会社の仕事でもなく、お金になることでもなかった。でも、未知の魅力にとりつかれているだけで、これ以上面白いことはなかった。
 (中略)  きっと、大学の先生でもどんな学者でも、これほど夢中にフィールドに出続けた人がいるのだろうか。
(むしやまちょうたろう TSUISO No.1123 おどしぶみより引用)


Kitamura collection-2.jpg
▲コレクションラベルをつけている最中 
 
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【大会講演紹介】台湾産ゼフィルス最新の話題(Yu-Feng HSU) [世界の蝶 / Butterflies World]

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▲ジンピンオナガシジミ(Antigius jinpingi)

 【大会講演紹介】台湾産ゼフィルス最新の話題(Yu-Feng HSU)

 台湾師範大学教授で、当会の副会長でもあるProf. Yu-Feng HSUは台湾産蝶類研究で大いに活躍されているが、自らを「ゼフィルス・オタク」と称するほどのゼフィルス愛好家である。ゼフィルス研究の権威である小岩屋敏氏(当会理事)が世界のゼフィルス全種を網羅して2007年に出版した大著「世界のゼフィルス大図鑑」(むし社)以降、新たに記載されたゼフィルスは片手で足りるほどしかないが、HSU教授はそのうちの1種を台湾南部から2009年に記載している。それがオナガシジミの一種、ジンピンオナガシジミ(Antigius jinpingi)である。特異な斑紋、台湾のごく限られた地域からほんの僅かな個体が知られるのみで、幼生期は不明である。
 今回、HSU教授には台湾から知られる27種のゼフィルスの中でも、特に知見の集積が望まれる珍稀種3種についての最新情報を発表していただく。その中には、D'Abrera(1986)の"Butterflies of the Oriental Region" (Part III)で図示され、議論の残る"Neozephyrus etsuOkura, 1970"の由来についての新説も含まれている。

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▲謎の多いNeozephyrus etsu Okura, 1970 (after, D'Abrera, 1986)

HSU教授の紹介するゼフィルスは他に何なのか!? それは当日のお楽しみ!!

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